まごころ教育のともし火

はじめに


ごあいさつ(本サイトの目的)
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平成21年3月10日

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私は、土居町出身者である。それ以上は言えない。心身がかなり危機的状況になったとき師オバマ’nドクターと出会った。そして、九死に一生を得たのである。

そのようなわけであるから、私が書く文章は常にある種の切実感から生み出されている。特に土居町問題は、私のふるさとの問題であるだけに、私の心を大きく痛める。

昨年、『まごころ教育』が発表されて以来、私はその動向を食い入るように見つめてきた。土居町で育ってきた私には、何も知らない人が読むとはちがって、その真相がよく見えた。

人々は、『うつ病差別事件』を読んで、そのあまりにも生々しい実にびっくりしたことであろう。土居中という教育現場で、教育者が徒党を組んでいじめを行っているというその現実。そのおどろおどろしい描写を「作り話だろう」と思う人もいたのではないだろうか。

しかし、土居町に住んでいる人や、土居中を卒業した人や働いた人、土居町での何らかの生活体験を持つ人は、十分すぎるほどよくわかっただろう。

むしろ、その人たちを驚嘆させたのは、そのようなこれまで語られることのなかった現実を、はっきりと描き出したその事実に対してであった。

何十年も、闇に隠されてきたおぞましい事実。いよいよそれが表舞台に描き出されるようになったのである。まごころグループの人たちの勇気に、人々は拍手を送った。

そして、『まごころ教育』という言葉は市民権を得て、今や私の周りでは知らない人はいないほどになった。

迫害が何もなかったとは考えられない。巧妙で執念深い迫害があったであろう。(私はそのためだろうと考えているが)ついに、『まごころ教育』は休止に追い込まれることになった。

今度こそ、復活はないだろうということ私は直感した。というよりは、復活はA教諭が書類送検または起訴されたときであるか、あるいはA教諭が無事復職をとげてそれが軌道に乗った時しかないであろう。

私も含めて人々は前者は望まないであろう。

しかし、人々の関心が高いときにこそやらなければならないことがある。それは、この事件の分析である。なぜこの事件が起こったのか?その真の原因は何なのか?それを突き止めていかなければならない。

人々は、『まごころ教育』のなかの、『A教諭の手記』をどれだけ深く読み込んだだろうか?あれは、このサイトの中で唯一A教諭本人の書いたものである。2007年の夏に、A教諭が関係機関に提出したものである。土居中に赴任してからの4月以降7月までに起こったことを、具体的に詳しく記述している。したがってこの文書の史料的価値は非常に高い。

今、『まごころ教育』は休止中であって、この文書を見ることはできない。そこで私は、この文書をこのサイトに復元させて、さらに分析を試みることにした。

以上がこのサイトの目的である。

ただし、当初の目的からは少し変更した点がある。それは文書全体の分析をつけるのはいかがなものかという疑問である。教諭の立場に立って見てどうだったのか、それをじっくりと自分のことして考えることが大切である。私が分析を書いたとしても、それらがただ流し読みされてしまうのであれば、本当に土居町問題に立ち向かっていく力とはなりえないのである。

そこで、手記01〜04のみに解説をつけ、あとは解説をつけないで置いておくことにした。ぜひとも、みなさんで解説をつけていってほしいと思う所存である。

また、『まごころ教育』のなかの、『11.26集会』も、事実に基づく大変優れた分析である。これも、原文を全文引用掲載することにした。

なお、私は、まごころグループは知らない。接触もない。私がこのサイトで復元する、『A教諭の手記』はオバマ’n氏がダウンロードしていたものをコピーさせてもらったものである。

それ以外に、私の知らない情報を教えて下さったふるさとの仲間に感謝する。

                    .............MICHAEL(見しぇる)

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【追記】

このサイトの作成中に、「ある貴重なものを発見した」と、オバマ'n師から、上気した声で連絡をいただいた。

それは、今はもうまごころグループ自らの手によって削除されている、過去の『まごころ教育』サイトそのものである。URLは異なっているから、オバマ'n師が言うには、、どうもバックアップサイトであったらしい。

私の独断で、これにリンクを貼り再び陽の光を当てることにした。

まごころグループの方にお願いであるが、もし都合が悪いようなら、貴サイゲストブックなどで一報いただけたらと思う。

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 ............MICHAEL(見しぇる)